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明日は、

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今年最後の西宮での夕食はシマイロ・カフェさんのデミグラスソースのハンバーグセットにしました。
思えば、シマイロさんで、はじめて食べた食事もこれ。
ハンバーグの下に、もやしが敷いてあるのに感動したのを覚えています。
シマイロさんのほかのメニューにもやしは一切使われていません。
だから、ハンバーグを油っぽくしないため、鉄のお皿にくっつかないようにするためだけに、ここもやしがある。
なにか、今回も、意味もなく「ぐっと」きてしまいました。
「ぐっと」といえば、シマイロさんは、パンケーキで有名なお店だから、夜はお客さんがぐっと減ります。
だから、不揃いなテーブルが散らばる、薄明りの店内に、今夜はわたしひとり。
聞こえてくるのは、キッチンで野菜を切る音、
それと天井のスピーカーから流れてくる心地よい歌声。

~喜んで、悲しんで、怒って、楽しんだあとは 君にも会いにいけるよ
 塞がった傷口は まるでなかったことのよう 明日は笑ってられますように~

やっと気づいてくれたの?、いつも、そばで歌っていたのに・・・
そう言われているようで、サビの歌詞をあわてて書き留めた。
そう、今日、わたしは、この歌と出会いました。


羊毛とおはな「明日は、」
この歌声の主が、もうこの世界から去ってしまったあとだったけれど。
遅すぎ?、そんなことはない。歌は産毛のついた種子みたいなもの。
風に運ばれて、誰かのこころの中で芽を出し、花をつけ、
また、歌声になって、ひろがっていく。
自然の中にいる小さな生き物のように
母親のぬくもりをまとい、その夢見た物語を、前だけを見て進めていく。
だから、大丈夫。あなたの思っていたとおりに、きっとなるはずだから・・・。

また、今日も、ここで発見がありました。
シマイロさんとわたしは相性がいいのかな。
来年も、どうぞよろしくお願いします。

シュトレン

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クリスマスに食べるものの中で、なんとなく納得できるのは、このシュトレンくらいでしょうか。聖母マリアが抱きかかえる白い布に包まれた赤子のイエスキリストの姿に似せた白い棒状の素朴なフルーツケーキ。今日は、2切れいただきました。残りはまた明日。

関学まで散歩

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クリスマス・イブだからというわけでもありませんが、久しぶりに関学まで歩いてきました。高等部のわきを歩いていると、まだ若い楓の木が冬の斜光線の力を借りて、冬枯れ前の深紅のもみじを誇らしげに輝かせているところに出くわしました。こんな小さな風景でもどこか雄大さを感じますね。やっぱり自然の営みって素晴らしい。

ベートーヴェン:ピアノソナタ第30番ホ長調作品109


Beethoven: Sonata No. 30 Op. 109 - I / Glenn Gould
さきに紹介したブラームスの間奏曲を聴いてから、この曲を聴くと、
ブラームスが、ベートーヴェンに強い影響を受けていることがわかると思います。
そして、ここにあるのも「諦観」・・・。
グールドは自分の好きな曲はあまり録音しようとしなかったようですが、
このベートーヴェンと、さきのブラームスはきっと例外なんでしょう。
ピアノがひとりで歌っているようです。

ブラームス:間奏曲ロ短調作品119-1


Brahms: Intermezzo op. 119 n.1 (Glenn Gould)
ブラームス最後の間奏曲集の第1曲。
クララ・シューマンは、この曲を評して
「灰色の真珠、曇ってはいるが、大切なもの」
と言ったと伝えられていますが、
わたしの頭に浮かんだのは、松尾芭蕉
「旅に病んで、夢は枯野を駆け巡る」
という俳句。
まるで、消える間際のローソクの炎の、
ほのかな明るさの中を覗き込んでいるようです。
明るい冬枯れの日に、ぜひ聞いてみてください。

冬晴れ

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また冬が来た。透明な空気、この光の感じ。
いろいろなものが、光の中で、「わたしキレイでしょ」って言ってる。
だから、「そうだね、キレイだよ」って言いながらシャッターを切る。

アクロイド殺し

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

読者が一人称の語り手に感情移入して読まないとプロットが活きない作品だと思うのですが、そうした場合でも、犯行の手口の謎解きと犯人の意外性というところだけに読者の関心がとどまればいいですが、動機の納得性というところまで深く考えられてしまうと、それが読者自身のことになるうえに、語り手の人格描写に必然的に厚みが出せない構造なので、結局、最初のアイデアが成功しているのか、失敗しているのかよくわからなくなってきます。なので、とりあえず、わたしとしては「オリエント急行殺人事件」のほうが好きだというくらいにしておきます。